砂丘に架かる虹
「ねえイチくん。砂丘に降る雪が見たくない?」
2006年12月某日、同じ美術部(学内の周囲から浮いた人間が同じ匂いを感じて集まる部)のKは僕にそう切り出してきた。
Kはよく僕に面白い提案をしてくれる友人。
「ねえイチくん。ヘビ飼わない?」
そんな風に誘われてヘビを飼い始めた事もあったっけ。
「ねえイチくん。ゴミ捨て場にマネキンの頭があったよ」
と、原付の前方にマネキンくくりつけて楽しんだこともあったな。最終的には顔中に落書きされて部室の天井から僕らを見守っていた気がする。
あ、ソファの裏側にいたわ。
「ねえイチくん。砂丘に降る雪が見たくない?」に戻そう。
ボールを投げられた僕はすぐに予想は付いたけど、「どういうこと?」と聞き返す。
「鳥取砂丘に降る雪が見たい。原付で行こう」
そんなわけで子供たちが白髭のおじいを心待ちにするとき。
イルミネーションの光が街ゆく人達の瞳に映るとき。
ラブホテルが一年で一番縦揺れを起こすとき。
つまりは12月25日の朝方に出発したわけだ。
因みにその前日の24日に、アパートの近所の交差点で信号待ちをしている間に彼女が出来たわけだけど、
「今晩から友達と鍋パして、それから明け方に原付で鳥取砂丘に降る雪を見に行ってくる。」そう伝えられた彼女と僕の関係は長く続かなかった。
予定通り、後輩の家で鍋パをして明け方にKと後輩のY、僕の3人で砂丘に降る雪というロマンを求める苦行に出発した。
冬の原付の寒さというのを僕らは知っていた。なぜなら通学でも遊びの遠出でも年がら年中走っていたから。だからしっかり防寒をしていたつもりだった。もちろん十分とは考えていなかったけど。
冷えとの戦い以上に恐怖だったのは、雪道とトラック。
国道を飛ばすトラックに煽られ、山越えでは雪道を走る緊張感、
「おててのしわとしわを合わせてしあわせ、な~む~」という仏壇のCMがあったのだけれど、それが頭の中でendless repeat
無事に鳥取砂丘に着いて、ひとしきり遊んだ。雪は降っていなかった。ラクダも居なかった。疲れで顔は死んでいた。
その後、鬼太郎ロードを目指して原付を走らせたんだけど、ゲリラ豪雨にあって更に死んだような顔になった。
素泊まりで泊まった小さい宿の布団は重かった。僕らは死んだように眠った。
翌朝、近所のオバチャンみたいな女将に、
「お前らチェックアウト時間だからいい加減起きろや(お客様そろそろチェックアウトのお時間でございます)」
という声でようやく起きた僕達は慌てて支度をして、クソみたいな(素敵な)宿を出た。
二日目にはまた京都に向けて帰る予定だったのだけれど、その前にもう一度砂丘を見に行くことにした。何か予感めいたものを感じたのかもしれない。
結果として言えば、僕達は雪が降る砂丘を見ることが出来た。
更に言えば、虹がかかる砂丘も見ることが出来た。
お分かりいただけただろうか?
満足した僕達はまた行きと同じような道を通り、無事に夜の19:00位にアパートに帰り、靴の中が砂丘の砂だらけになっていたことに気づき、思わぬ土産を部屋の中に持ち込んだいた。
特に面白い後日談はないんだけど、
行きにKの右側のサイドミラーが走行中に折れ、帰りには、僕の右側のサイドミラーがやはり走行中に突然折れた。
その現象に何か意味を持たせるとしたら、
何かの身代わりに僕達のサイドミラーは折れ、後方に飛ばされたのかもしれないのかな。