Re:光合成社会
人類が生活に必要なエネルギーのほとんどを光合成でまかなえるようになって、今年でちょうど120年になる。光合成第5世代の幕開けだ。
ちなみに僕らは第4世代、初期から中期の間に生まれた。
人類がまだエネルギーの供給を経口摂取と睡眠に頼っていた頃には想像もつかなかったことかもしれないけれど、今や僕らは
眠れるけど、眠らないでもよい身体
食べれるけど、食べないでよい身体
光合成だけで活動出来る、生きてゆける身体を手にしている。
光合成だけで生きてゆける人間社会。
午後に疲れてきたなと思ったら光合成。
眠らずに仕事や趣味がしたいなと思ったら夜でも人工太陽的な機械で光合成。
お腹すいたら光合成。
それによって社会は目覚ましいほどの変貌を遂げた。
食糧難の解消、紛争の激減、環境問題の改善。
かつて食事と呼ばれた経口摂取は今や前時代的なものとされ、一部の好事家のみが行う野蛮な行為と位置付けられている。
どうして必要もないのに動物を殺すんだ?しかもそれを口から入れるだって?
野菜?そんなもの、ほとんど雑草や変形した木の根じゃないか。家畜でもあるまいし。
ちなみに酒は第3世代から売買、摂取ともに全面的に法律で禁止された。
その強すぎる効果によって、身を滅ぼす奴が多すぎたのだ。
今や酒を飲んだことのある人間なんてほとんど生き残っちゃいない。まあ地下では取引されているなんて噂もあるけど。中学校の頃の公民の授業でその辺りのことを習ったとき、当時生きていたひいじいちゃんに酒がどんなものか聞いてみたことがある。
「あんなものは人間が手を出すもんじゃねえ。百害あって一利なしだ。」
ひいじいちゃんはそう答えた。
そんなわけで光合成のみでの活動を理想とする光合ラーと、光合成もするけどグルメだって楽しんじゃうのよのグルメ派には、極めて深い溝がある。
前者は後者を未発達の野蛮人と愚弄し、後者は前者を退化した無粋者と煽る。
いつだって人間は区別が好きだから。
そんな中で自身の思想とは関係なく経口摂取を必要とする人間もいる。
光合成不良
それが僕が4歳の時につけられた病名だった。
とはいえ僕の病気そのものは、成長とともに改善していく類のものだった。
付き合い方を覚えて対処の方法を学び、体力をつけていけばいい。
他の人間には背中全体にある高感度の葉緑素が僕には首の付け根あたりにしかなく、加えて感度も劣ることから常に露出していなければならない。(おかげでどんなに寒風吹きすさぶ中でも僕はマフラーというものをしたことがない。)
葉緑素と言っても皮膚の内側に血液と同じように流れているものだから、そんな風な不便さを持っていたとしても外からは見分けがつかない。
子供の頃はしょっちゅうエネルギー不足によって倒れて、退化した胃に無理やり食べ物を流し込んだり、太い針で点滴をしたりと散々だったけど、今は体力が落ちて糖の合成効率が落ちた時にだけ、ブドウ糖と、疲労回復のためのクエン酸を少量混ぜて固めたもの、いわゆる医療用ラムネを口にすれば問題なく生活を送ることができる。大人になって本当に良かった。
ところで僕自身の思想が光合ラーかグルメ派かだけど、僕はもちろんグルメ派だ。
どうせ負ってしまったハンデなら楽しんで受け入れたほうが賢いし、身体や頭がヘトヘトになった時の医療用ラムネはなんとも染み渡る味がする。この喜びを知らないなんて人生を損していると本当に思う。
そう僕は欠けたまま、未発達で生まれたわけではない。神様に美味しいところだけを味わうことのできるように作られた特別な体なのだ。僕は肉も魚も野菜も食べない。そんな野蛮人の振る舞いは一切しない。甘いものだけを少量嗜む、第4世代のグルメ派だ。
特に最近はインターネットでのみ手に入る、チョコレートというものにハマっている。
舌の上でねっとりととろけるようなそれは、古代では媚薬としての効果が広まっていた。
もちろん時代が下るにつれその効果は薄れ、味を楽しむことにシフトしていったけど、経口摂取から離れた人類にとってのその効果はなかなかのものだ。
僕はこれを、彼女と楽しむために購入している。