交換雑記

交雑してます。6人くらいでやっています。

アルフレッドシスレーと酒場の店主

タイトルがなんとなくハリーポッター感ある。けど特に関係はない。

教科書みたいな導入になるけど勉強の話でもない。私の思う「画家の眼」の話をしよう。

 

印象派、と聞いて思い浮かべる画家は誰だろうか。

モネ?マネ?ルノワールセザンヌドガ

 

日本人に特に愛好されると言われる印象派。その中で同時代に活躍した画家からも、美術史家からも「典型的な印象派画家」と呼ばれた存在がいる。

ルフレッドシスレーだ。

 

 

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こんな顔してたんか

ざっくり説明すると、彼は裕福なイギリスの家に生まれ、パリで美術を学び、同時代の画家たちと交流を持ちながらほぼ生涯をフランスで過ごして、あまり売れることなく生涯を閉じた画家だ。(ひどい説明)

 

他の印象派の画家たちと比べて特筆すべきところといえば、その画風の変わらなさ。

 

印象派それ自体がその時代の中で革新的であった上、そこで活躍する画家たちは交流の中からお互いに影響を及ぼしあい、画風が二転三転することがほとんど。よく言えば探究心が旺盛で、悪く言えばまあ、ミーハーだったのだ。

そんな中でシスレーは生涯、ほぼ一貫して風景画。兎にも角にも風景画。色合いもあんまり変わらない。激しい色彩を求めてどっかに旅立っちゃったりもしない。

 

 

ちょっとググって見れば彼の作品がパパッと出てくるので興味があれば見てみてほしい。

まあ、なんていうか、うん。綺麗だよね。綺麗だけど、普通。あんまり面白くもない。(好きな人いたらごめん。個人の感想です。)

 

 

そんな彼の作品の中で強烈かつ痛烈に、私の中に残っているものがある。彼の代表作の一つ、

『ポール・マルリの洪水と小舟』だ。

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高校生の頃、上野の美術館でやっていたオルセー美術館展でこの絵を見た。

写真だとよくわからないので本当は生で見てほしい(ちょいちょい日本に来ている)のだが、とにかく空が抜けるように美しくて、他の何より先にそこに目を奪われた。そのあと

「台風のあとみたいな空だな。」

と思い、ようやく画面全体を見て、

「え、洪水じゃん。」

となり、キャプションを見て、いや書いてあるやんけ、と突っ込み、もう一度絵を見てもう一度空の青さに目を奪われた。よくわからん衝撃に圧倒されて、3回くらい戻って見て、図録とポストカードを買って帰った。

 

家に帰ってもう一度絵を見ながら、衝撃について思いを巡らす。

何だろうこの絵は。一見すると非常に牧歌的に思える、何の毒もない美しい絵。

楽しく舟遊びでもしているかのような人々。でもその実これは災害の絵だ。

舟を出さねば街を移動できないほどの浸水なのだ。相当な被害だろう。

人々の生活はめちゃくちゃになっているに違いない。なのに。

 

どう見たってそんな風には見えないのだ、この絵は。というよりはそういう風に描かれていないのだ。どう見ても。

災害という非常事態にありながら、抜けるような空、それを写す水面、見慣れた街にうそみたいに浮かぶ舟の、その奇妙さ。感動しているのだ。この人は。この画家の眼は。

災害そのものなんか見ちゃいなくて、それがもたらした美しさだけを純粋かつ残酷に捉えている。

 

さらに言えばこの時代チューブ入りの絵の具の発明によって画家は屋外へ出て、それが印象派の隆盛につながったのは有名で、彼は特にその作品のほとんどを屋外で制作したと言われている。

つまりこの絵は、災害の只中にありながら、その場にイーゼルを立てて描かれた絵なのである。

 

 

整理して考えていくことによって浮かび上がってくる静かな狂気に身震いしながらも、それでもやはり絵自体の美しさは一つも損なわれない。

これが画家の眼なのだ。どういう状況にあっても純粋に美しさを見出す眼が。

 

私にはないな、この眼は。と素直に思った。圧倒された理由も腑に落ちた。

当時まだ絵画の方に進むか、デザインの方に進むか決まっていなかったのだけれど、この絵を見たことは絵を諦める一つのきっかけになったように思う。

 

 

紆余曲折を経て、絵を描くこととは違う道で独立した去年の5月。

件の絵のポストカードを部屋に飾っちゃえるくらいになった私は、思わぬところで画家の眼に再会した。

 

よく行く酒場(と店主が表現する)でのことである。

久々に行ったその酒場で、店主が隣の客としている話を、聞くともなく聞いていた。

 

店主は最近、福島第一原発に行ってきた話をしていた。

若干の緊張感やルールはありつつも、どことなく場慣れした雰囲気の中、施設内を見て回る。

そこには当たり前だけれど、あの日のままの建屋、テレビで何度も見たあの光景が広がっていた。3.11は非常に大きな悲しみであることは間違いない。店主自身あの事故を受け、胸を痛めるどころの話でなかったのは間違いない。しかし福島第一原発を見て出てきた感情は明らかに、非日常に対しての感動だったのだ、と。

 

店主は生まれも育ちも福島県で、当時は東京にいて、津波の映像をテレビで見て毎日泣いていたらしい。悲しい、とかとはまた違う。なんでかはわからないけどとにかく泣いていたらしい。

そして今回、原発を間近に見て、あのとき泣いていたのはなぜなのか自覚してしまった。あの涙も非日常に対する感動だったんだと。

 

店主はもちろん、気づいて戸惑った。そして感動した、感動してしまった自分に嫌悪感を覚えた。ちょうどその場にいた外国人が、まるでテーマパークにきたかのように振舞っている横を、除染作業員がすれ違う様子を見て戸惑ったのと、ちょうど同じ感情だったという。

 

店主の話はそこでおしまいだったが、それを聞いて私はなんだか懐かしいような可笑しいような、感動したかのような気持ちになった。

久しぶりに出会った画家の眼。私にはない、眼。

画家の眼は画家になる人にのみ、与えられるものとは限らないのだ。酒場の店主に与えられて、酒の肴になったりすることもあるのだ。それを思うとなんだか、笑い出したいような泣き出したいような気分になった。なるほど、だからこそのこの店か、とも思ったし、もう一杯これ飲みなよ、と半ば無理やり注がれたコニャックが変に美味しくていい夜だった。

 

それ以来また私は定期的にその店に通っている。

画家の眼を持つ店主の話を肴に飲む酒はうまい。