交換雑記

交雑してます。6人くらいでやっています。

Re:光合成社会3

公園から彼女にメッセージを送る。

”近くまで来たと思うんだけど、どの家?今公園の前。タコの滑り台がある。”

”待ってて。すぐ行く。”

 

短いやり取りを交わし、2分ほどで彼女が現れた。本当にすぐ近くらしい。

この日の彼女は家にいるにしてはやや改まったワンピースを着ていて、それなりに気合が入った様子が伺える。

「お疲れ様。迷わず来られた?なんだかちょっと顔色が悪いけど、緊張?」

「そりゃあね。愛しい彼女のお父様と初対面とあればね。」

「大丈夫よ。まあちょっと、かなり堅物なところもあるけど、そろそろ私の歳も歳だし、連れてきて安心した部分もあるでしょ。取って食おうというわけじゃないから。」

「それはそうだろうけど。」

「ただ鼻の利く人だから、気をつけて。色々。」

「終わった後は必ずシャワーを浴びるようにするよ。」

「・・・大丈夫みたいね。」

 

少し話しただけでも随分と心はほぐれて、息もしやすくなった。彼女の力は偉大だ。

話しているうちにすぐに到着する。

彼女の家は今や珍しい平屋建ての日本家屋だった。威圧するような雰囲気はないけれど、どこもほどほどに手入れがされていて好感が持てる。うまく言えないがなるほど彼女の育った家だ。

 

玄関をくぐるとすぐに短い廊下で、引き戸を開けると居間と続きの、吹き抜けから光の燦々と降り注ぐ応接室があり、そこに彼女の父親はいた。

出迎えるまではせずとも、悪くは思われていないらしい。立ち上がると一言、

「よく来たね。まあゆっくりしていきなさい。」

と言ってくれた。

 

そこからはいたって普通の流れ。

彼女がいれてくれたお茶を飲みながら、彼女の父親から投げかけられる質問に答えたり、自分自身の仕事や休日の過ごし方、家族構成なんかについてポツポツと話す。

正直あまり和やかな時間とは言えなかったけれども、そもそもあまり話すタイプではなかったようだし、こういう時はあまり余計なことを言わないに限る。

 

途切れ気味の会話に行き詰まった彼女の父が、アルバムを取り出してきて、3人でそれを囲む流れになった。

重たいアルバムを開くと、いきなりぬいぐるみを抱えて号泣している幼い彼女の写真が目に入る。いつも落ち着いた彼女の幼い姿があまりにも愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。

 

一瞬、彼女の父親の視線がこちらを捉えたのが気になったけれど、和らいだ空気に安心した彼女が笑顔で写真の説明や思い出話をして場をつないでくれたので、そのあとはほとんど会話らしい会話をせずに時間を過ごした。

 

小一時間ほどそうして過ごした頃、彼女がお茶のお代わりを淹れるという申し出を辞退して、早めに切り上げることにした。彼女の生活している部屋にも興味はあったけれど、さっきからあまり話さなくなった彼女の父親に、気詰まりな方が大きかった。

アルバムを見ていてセンチメンタルな気分にでもなってしまったのだろうか。いずれにせよミスはしていない。いずれまた来られる時にでも部屋には上がらせてもらおう。

 

駅まで送ってくれるという彼女と玄関を出て、振り返って挨拶をする。

「今日はお招きいただいてありがとうございました。いつもお話を伺っていたお義父さんに直接お会いできてよかったし、彼女のことも色々改めて知ることができて嬉しいです。また近いうちにお邪魔してもいいですか?」

 

如才なく僕は言う。

しかし返事はなかった。

 

「お父さん?」

彼女が問いかけると、

 

「もう来ないでもらえるかね。」

懐から重いものを持ち出すかのように彼女の父は言う。

 

「え?」

面食らった僕は間抜けな返事を返すことしかできない。何か失礼なことをしてしまっただろうかと逡巡していると、

 

「近頃は経口摂取を好む連中をグルメ派とか何とか言うらしいね。他のことに関して他人の趣味嗜好をとやかく言うつもりは私にはない。けれどこればかりはね。

いったいどれだけの先人たちがあらゆる社会問題の解決のため、人類光合成計画のために尽力してきたか、君だって学校教育を受けてきたのなら知らないわけはないだろう。自分だけならと高を括ってそうした人の努力に唾を吐きかけるような人間と、相入れることはできないよ。」

 

血の気が引く、とはまさにこういうことを言うのだろう。

 

「せめてここへ来る前に歯でも磨いてくるんだったね。食物の破片が口元から覗いていたよ。そんなことにも気が回らないほど、当たり前に経口摂取しているということかな。」

 

なんとか言葉を紡ぎだそうと頭を回転させるが何も出てこない。

 

自分が光合成不良であることは、彼女には隠していた。

恥じているつもりはないけれど、なんとなく言えなかったのだ。

 

さっきまでお茶を飲んでいたのが嘘のように喉がカラカラになる。目を合わせられなくて彼女の父親のアイロンのかかった襟元を見つめていると、

 

「とにかく、そういうことだよ。娘との付き合いは認めない。駅までは送ってあげなさい。」

最後だけ彼女の方を向き告げると、容赦なく後手に戸が閉められた。

 

 

どうしようもなく間違えたのだ。