たけのこばばあ(長い日記)
家の近くには農業用の広い倉庫を使った市場と八百屋のあいの子のような青果店があり、よくそこへ通っている。
朝の9時から空いているが、異様に安い野菜は早々に売り切れてしまうために30分くらい前から主にお年寄りたちが集まり、野菜や花を物色していて、値段が書かれた段ボールの端切れが野菜の上に置かれるとデュエルスタンバイ。
各々欲しい野菜をカゴに入れ、レジは行列をなすが、レジのおばちゃんたちは異様に手際が良いのでするすると行列は解消されていく。その活気のある様子が心地よい。
私の住んでいる地域ではまだ感染者は出ていないものの、やはり空気はギスギスとしていて、いつもよりお客さんの数は少ないし、なんとなく緊張感が漂っている。
昨日、その青果店に買い出しに向かっていると、向かいの家のキヨさんが、カートを転がしながら歩いていたので挨拶をして一緒に向かった。
キヨさんは一人暮らしだが、市内に娘さんもお姉さんも住んでいて、友だちも多く活動的なおばあちゃんだ。糖尿病を患っていてほとんど食べないのに作るのが好きで、私もたまに御相伴に預かる。
最近はこの情勢で娘も孫もが来ないから大して作るものもなくて、と寂しそうだった。
到着して各々の目当てに分かれる。
安いもの、旬のものを中心にカゴに入れていく。この日はこごみがコンビニの小さい袋いっぱいに入って60円だったので俄然テンションが上がった。お浸しにして食べよう。
高価なのでいつも迷いながら、でも旬のものだし…と結局購入している筍の前でいつものようにうんうん唸っていると、キヨさんが隣へきた。
「なに?たけのこ?」
「そうー。旬のものだし、買いたいけど値段もするし一人暮らしだしで、迷っちゃって。」
ほんとうはキヨさんにお裾分けしたいのだけれど、食事制限が厳しい上に、人にはあげる割にもらうと恐縮してしまうひとで、以前にお土産をあげたら3倍くらいになって返ってきてからしなくなってしまった。代わりにたまに話し相手になりにいく。
「それにね、筍、目利きできないんです。どれが美味しいやつなのかわからなくて、高いし下処理も手間なのにハズレ引いちゃうことも多くて。」
と、目の前で同じく筍を物色していた、手作りの花柄のマスクをしたおばあちゃんが
「これは柔らかくていいよ。」
と一本差し出してくれる。声がとても小さい。
「わ、ありがとうございます。え、どこで見れば良いんですか。」
筍選びのコツを教わっていると、やおら人が何人か集まってくる。
そのうちに他のおばあちゃんが
「これは?」
と一本手に取り聞いてきた。たけのこばばあの誕生だ。たけのこおばあちゃんでもいいけど、語感がいいのでたけのこばばあにしておく。
たけのこばばあは状況に戸惑いつつも何人かに筍を選んであげていた。
キヨさんが待っているので切り上げようとお礼を言うと、マスクをしていてもはっきりとわかるくらいニッコリとしてくれて思わずこちらも笑ってしまう。
なんにでも専門家というのはいるものだ、みたいな感想を抱き、なんかそんな古文があったよな、と思うが思い出せない。なんだったっけ。
筍が重いのでキヨさんがカートに入れてくれた。そのカートを押しながら歩いて家に帰る。
どこに行ってもそうだが相変わらず話題は例の感染症で、辟易したり気が滅入ったりしてばかりだったけれど、外の陽気と解放感からかそんなに負担には感じない。
基礎疾患持ちのキヨさんを心配する心もあるけれど、周りが神経質になっているのが疲れるみたい。特段なにも言わず話を聞いてゆっくりと歩いて帰った。
お互いの荷物を分配し、それじゃあまたね、とそれぞれのドアを開けて家に入ろうとすると、
「ポテトサラダすきか?」
と聞かれる。
「ん?あ、はい好きですね」
答えると家の中からタッパーを持ってキヨさんが出てくる。
「孫たちこねえから、食べて」
渡されたポテトサラダにはリンゴが入っていてしゃくしゃくと甘い。切り方も丁寧で、人のために作った誰かの料理、というのを久しぶりに食べたな。と思う。そういう料理はそういう味がする。うまく言えないけど。
美味しくてそのまま全部食べてしまった。
たけのこばばあに言われた通りに下処理をした筍は、たけのこご飯にして翌日タッパーに詰めてキヨさんに渡した。
悪いねなんだかかえって本当に、といつも通り恐縮するキヨさんだったが、いつもより少し嬉しそうだったのも、気のせいでは無いと思う。