Re:光合成社会4
当たり前だけど帰り道は相当、気まずいものとなった。
玄関に手をかけ食い下がろうとするも何も言葉が出てこない僕を
「今日はとりあえず帰ろう。」
と彼女がたしなめる。
嫌な汗が冷えていく感触を味わいながら、沈黙が横たわったまま駅までの道を僕らは歩いた。
「私だって楽しんでいるから、強く言うことはできないけど」
彼女が口を開く。
「今日ぐらいどうにかならなかった?父のことはいつも、話していたはずよね?」
苦いものがこみ上げてくるが、僕は答える。
「そうは言ったって仕方がないだろ。ここのところ仕事が忙しくて疲れていた上に、急にこんな予定が入ってさ、どうにかする方法がこれしかなかったんだよ。」
「"こんな予定"?
私の父と会うのが、"こんな予定"?
そうだとしてもせめて言ってくれればどうにだってできた。どうして最悪の方を選ぶの?」
「最悪なのは君のお父さんの方だろ。肉や魚を食べてるわけでもないのに一緒くたにして差別?自分の娘が経口摂取でよがっているのも知らずに随分おめでたいな!!」
言い過ぎた、と思った時にはすでに遅い。
一人で帰って、と小さな声で言い残すと、彼女は踵を返して去って行ってしまった。
追いかけることはできなかった。僕が悪いのはわかってる。でも僕だって少なからず、傷ついていたのだ。
そこからの2週間、彼女からの連絡はなかった。
僕は何度か彼女と話をしようと電話をかけたけれど繋がらず、失意の日々を過ごした。終わりの予感を胸に抱えながら過ごす日々は地獄だ。
何度も同じ場面が頭をよぎり破裂しそうになりながら太ももを拳で叩く。彼女と歩いた場所に行っては記憶の猛襲に遭ってめまいがする。日は降り注いでいるのにエネルギーは湧かず、医療用ラムネの減りは早くなる一方。口にすればあの時の後悔が蘇って余計具合が悪くなった。
一人でいることに耐えかねて大学時代の彼女に連絡を取り、一晩共に過ごしたけれど、あの頃あんなに夢中だった身体も、今や彼女との違いに虚しくなるばかりだった。
そんな僕の様子に嫌気がさしたのか翌朝目を覚ますと姿はなく、アプリから連絡先も消えていた。
彼女から連絡があったのはその翌日。
”久しぶり。今日会える?”
別れの予感が掠めながらも、ひとまず安堵感で膝が震えた。
震える指で
”久しぶり。会えるよ。仕事が終わったら会社まで迎えに行くよ。”
できる限り落ち着いて返事を入力する。話は会ってからすればいい。彼女はいつだって冷静で、落ち着いていて、僕の話をよく聞いてくれていた。
話せばきっと分かり合える。
気もそぞろになりながら仕事を定時で切り上げ、2駅離れた彼女の会社まで向かい、エントランスのそばのベンチに腰掛けて待つ。いつもならどこか適当な店に入っているところだけど、こういう小さなところから誠意を演出するのは大切だ。
15分ほど待つと彼女がエントランスから出てきた。2週間ぶりの彼女の姿。少し痩せた気がする。どことなく目に力もない。僕を見つけるとそのままの歩調で近づき、
「久しぶり。どこかに入っていてくれてよかったのに。」
と口にした。
「早く会いたかったから。」
思わず僕は口走る。彼女は口の端で少し笑うと
「とりあえず店に入りましょう。いつものところでいいわよね?」
と言い、足早に歩き出した。
いつものところ、というのはいわゆるバーと呼ばれる店だが、光合成以前とは趣が異なる。
個人の要望に合わせた人工太陽光装置を時間単位で浴びることができ、その間経口補水液を口にしながらおしゃべりを楽しむ場だ。
僕らは席に着くと、リラックスを目的とした装置を注文し、早速話し始める。こういう時に口火を切ってくれるのはいつだって彼女の方だ。
「改めて、久しぶり。どうしてた?」
「いつも通りだよ。朝起きて、会社に行って、仕事して、帰ってきて寝る。その間ずっと君のことを考えてた。」
一瞬昨夜の記憶が頭を過ぎるが振り払う。嘘は言っていない。
彼女は黙って僕を見ている。
「あの時は言い過ぎた。本当にごめん。気が動転していたんだ。」
「・・・それから?」
「それから・・・」
自分の体のこと、彼女に話そうかと思ったけれど喉がつかえて出てこなかった。
ここで自分の弱いところを晒して許しを乞うのも何か違うような気がして。
代わりに出てきたのはこんな言葉だった。
「それから・・・できるなら君に触れたい。今すぐにでも。会いたかった。」
彼女は数秒、考えを巡らせて、伝票をとって立ち上がる。
「いいわ。行きましょう。」
その顔は見えなかった。